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2007年04月11日

絶対の愛

めずらしく仕事で上京しました。ワタシの場合、東京に行くというのは、年に1回か2回ぐらいなものなんですが、この前東京に行ったのが確か去年の9月頃、その時、たまたまキム・ギドクの「弓」をやっていたので、コレ幸いとばかり観に行きました。そして今回もまたまた、たまたま、またたまやっていました、ギドクの最新作「絶対の愛」。うーん、やっぱりギドクはワタシに観て欲しいんだと思います。あははは。
ま、東京の単館ロードショーはいつまでもやってるもんですが、仙台だとギドクの映画は1週間で打ち切りになります。なんかのゴシップで、前々作「うつせみ」の時に、ギドク、韓国国内での公開の仕方も自分でプロデュースしてやったそうですが、それでもお客が入らないので、がっくりして、「もう引退する!」だか「韓国ではもう撮らない!」だか「韓国人に映画なんかわかるもんか!」だか、「キムチばっかり食うな!」だったか、キレてしまったらしい。
はたまたポン・ジュノの「グエムル」の大ヒットに嫉妬し、テレビで皮肉を言って世論の集中砲火食らったとか、「小学校しか出てないからバカにされる」とか、学歴差別まで吐露してひがみまくったとか、いろいろあることないこと聞きましたが、ワタシの勝手な読みでいうと、ギドクは「うつせみ」に絶対の自信があったんだと思います。それで公開の方式から一新して勝負に出たのに、韓国人はわかってくれない。
「うつせみ」については、ワタシもこの欄で「ギドクは最強モードに入った」とか、「次の2、3本で最高傑作をものにするはず」などとレビューしましたが、「弓」が今ひとつベタに観念的なままだったので、肩すかしくらいましたが、「絶対の愛」は、「うつせみ」に並ぶ、ギドクの最高傑作になったと思います。ギドクの真骨頂は、観念が一転して具象化するところにあります。デタラメがホントになってしまうというか。アイヤー!ひさしぶりに映画観ながらひとりで興奮して、こみ上げる笑いを押さえ切れませんでしたよ。
映画館に入る前にラーメンを食ったんですが、そこで特製つけ麺というものを頼みました。そしたらなんか味が薄いというか、しないというか、最近の東京はこういうものが流行ってるのかな、うーん、とか思いながら食ってたんですが、やおらそこの店員がカウンター越しに「すみません、調理ミスがありました」とか言ってペコペコ謝り出したので、ワタシともう一人、同じものを食べていた人は、顔を見合わせてゲラゲラ笑いました。ゲラゲラゲラゲラ。
「絶対の愛」のエンディングなんて、調理ミス一歩手前のおもしろさです。ここでああすりゃみんな泣く、という展開をこれでもかとやっておいて、そうはしないんですから。今か今かと泣く準備をしていたお客さんは、完全に肩すかしくらいますが、今時「うまいラーメン」なんてどこにでもあるんだし。ゲラゲラゲラゲラ。

投稿者 いがらしみきお

2006年11月03日

デイジー

日本映画の増殖が止まらず、ワタシは今週もまた観るものがない。「ザ・フォッグ」は「天使の卵」とかいうものに押しのけられ、「ホステル」は「ただ、君を愛してる」なんていうものに差し替えられ、「ハイテンション」は「手紙」たらいうものに蹴飛ばされてしまうのでした。イーストウッドの「父親たちの星条旗」でも観ようかと思ってたんですが、予告篇を観たら、もう観なくてもいいような気になってしまったので、たぶん行かないでしょう。あぁ、誰ぞ吾が進むべき道を教えよ。
というわけで、今週はDVDを。「デイジー」もそろそろ韓流に食傷気味になっていた頃だったので、結局、観に行かなかったんですが、実はアンドリュー・ラウが監督だとは知りませんでした。アンドリュー・ラウというと、「インファナル・アフェア」三部作が有名です。「インファナル・アフェア」は、ワタシも「2」まで観てます。ハリウッドでもスコセッシ監督でリメイクされたみたいですが、そっちはどうでもいい。
アンドリュー・ラウが監督なのに、アクションではなくて、ラブ・ストーリー。うーん、ジャケットのあらすじを読んだら、ははぁ、これは「インファナル・アフェア」の形式でラブ・ストーリーを作ってしまおうっつう企てなんじゃないか、と思ったら、俄然、観る気になりました。
「インファナル・アフェア」の形式というのは、こうです。「お互い身分を明かせない」、「敵対している者同士」、「逆転する立場」、「ドンデン返し」、「またドンデン返し」、「さて真相はどっち?」。まったくそのとおりの作りでした。
昨今の漫画界は「フィクション」というものがスタれてきています。「ノンフィクション」なもの、または「リアル」なものが主流になって久しい。その理由についてのグダグダは言いませんが、ワタシは、「医者は3人殺して一人前」的なリアルさが嫌いです。または「警察は検挙率を下げたくないから動かないんですよ」的な事情通ぶりとか、「保健室の先生というのは医療行為は出来ないはずですが」的な世間通ぶりというか、すべてオヤジの屁理屈です。オヤジはその屁理屈を誇りにさえしてるので、それが蔓延しているのが今の日本でしょう。みなさんも最近思うでしょ、「この国はサイテーだ」って。
「デイジー」、丸ごとハッタリです。このハッタリこそがフィクションの肝でしょう。映画としての出来はともかく好感度は抜群です。特に役者。無表情のままセリフをブツクサ言うのがリアルだとか思ってるような日本の役者とはちがいます。殺し屋役のチョン・ウソンの意味不明のハニー・スマイルはどうスか。素晴らしいです。チョン・ジヒョンの相変わらずの暗さはどうだ。こんな暗い女優、日本じゃ仕事もらえないでしょ。みんな「猟奇的な彼女」とか「僕の彼女を紹介します」とかでだまされてるけど、ワタシはこの人の暗さに惹かれます。チョン・ジヒョン見るんなら「4人の食卓」でっせ。

投稿者 いがらしみきお

2006年06月13日

うつせみ

キム・ギドクの新作「うつせみ」です。ちょっと前にこの人のプロフィールを調べていたら、未公開の新作として「3-iron」というのと「空き家」というのと「うつせみ」というものがあったので、新作が3本も控えてるのか、ギドクすげい!とか勝手に驚いてたんですが、結局、公開国別のタイトルだったようで、すべてこの「うつせみ」のことでした。上記のタイトルの他に、当然、本国のハングルのタイトルもあります。ハングルだとなんというタイトルなのか皆目わからないんで困りますけど。
それで「うつせみ」、家も身寄りも仕事もない若い男が、昼は宅配中華とかのビラを玄関のドアに貼り付けて留守宅を調べておいて、夜になってから不法侵入し、楽しそうに料理したり、楽しそうに風呂に入ったり、たまっている洗濯ものを洗ってあげたり、壊れているオモチャやヘルスメーターを直してあげたりしながら、留守宅や空き家を泊まり歩く話です。これはすばらしいアイディアだと思いました。このアイディアがあったらあとはなんとでも作れるだろうというぐらいのものでしたが、しかし、そのアイディアがさらに異様な展開を見せ、「うつせみ」は現時点でのギドクの最高傑作になったとさえと思います。そして、これ以上の傑作をこの人は向こう5年以内に作ってみせそうな予感さえしました。
ワタシも漫画家の端くれとして、今ギドクがどんなコンディションなのかなんとなくわかります。鉱脈に当たったというか、石油が出たというか、全身にみなぎる確信とともに、あとはここを掘って掘って掘りまくるだけだ、という最強モードになっているんじゃないでしょうか。とかなんとかここまで書いといて、改めてキム・ギドクで検索かけてみたら、もう「弓」というのを作り、その次の「時間」という作品さえ韓国で5月に公開されたそうです。ギドク、すげい!!たぶんこのふたつとも、またはどちらかは間違いなく傑作のはずっス!! 売春する女の話ばっかりとか、西のギャスパー・ノエ、東のキム・ギドクとか、ふざけたオレがバカだった。ごめん!!
しかしこの人、本国の韓国では不遇です。お客さんが入らないとか。仙台での「うつせみ」も1週間だけの興行で終わりました。本人が最強モードなのにお客さんが来ないというのはメゲるでしょうね。かわいそうなギドク。でも「うつせみ」が100万人動員とかになったらたいへんっス。留守宅や空き家を勝手に泊まり歩く「不法宿泊ごっこ」が大ブームになるでしょう。だってワタシも人の家や部屋に勝手に泊まってみたくなりましたから。あー、誰か泊まらせてくれないかなぁ。洗濯物とか洗っといてあげてもいいし。

投稿者 いがらしみきお

2006年04月01日

ブロークバック・マウンテン

「ブロークバック・マウンテン」、監督のアン・リーは台湾人のくせに、イングランドの田舎を撮ればイギリス人よりうまく、西部劇を撮ればアメリカ人よりうまく、カンフー映画を撮れば中国人よりうまく撮ってしまう人です。唯一うまく撮れなかったのは「ハルク」だけかもしれないですが、「ハルク」なんてどんなアメリカ人だってうまく撮れないでしょう。うまく撮れるとしたら「サンダ対ガイラ」の本多猪四郎だけだって。だからワタシは「SAYURI」をぜひアン・リーにやってもらいたかったんです。どんな日本人よりもうまく芸者映画を撮ってみせたかもしれないし。
それで「ブロークバック・マウンテン」、ご存じのようにゲイのカウボーイ同士の愛の物語っス。ワタシ、アメリカ人のゲイと幼児虐待ネタはもうウンザリで、あんまりノリ気しなかったんですが、今度はどんなゲイよりもうまくゲイの映画を撮ってみせてるんじゃないかと思ってとりあえず行ってきました、恥ずかしくも。
うーん、男の客がワタシを含めて3人しかいない。あとはみんな女の人です。ひとりだけカップルの片割れの男もいましたが。なぜか男の客は前の方に座ってしまってて、うしろの席の女の人から「あのオッサンらホモかよ」みたいな視線で、薄くなった後頭部を見られてるかと思うと、なんだかピンク映画の頃のような原罪意識で胸がいっぱいになりましたですだす。
ゲイとは言え、プラトニックな関係でそんなに直接的なシーンはないんじゃないかと思ってたんですが、文字通り「単刀直入」なシーンもあったりして、客席はちょっと気まずい雰囲気というか、咳払いしながらバサバサとあわてて新聞広げるおとうさんとかはいませんでしたが、やっぱりカウボーイ同士のアレはコレですね、ソレって。
まったくもってこれはラブストーリー。ただの不倫の関係というか、今度はいつ会えるの、いつになったらいっしょになれるの、あんなに愛し合ったのに、等々グダグダメソメソ、カウボーイである、または男同士である美意識なんてのは一切ありません。単なるゲイのメロドラマです。そういう意味ではアン・リー、今回もどんなゲイよりうまくゲイの映画を撮ったんじゃないでしょうか。ただワタシは、えーと…、前からですね、うーん…、アン・リーは、……ゲイなんじゃないかと思ってたんで。あー、いやいや、西部の大自然はよかったです。

投稿者 いがらしみきお

2006年03月09日

いつか読書する日

タイトルしか知らなかった時は「読書ぐらいすればいいのに」とか冷たく思ってた、「いつか読書する日」です。
ビデオ屋でDVDのパッケージのあらすじを読んだら、人生80年として、その折り返し地点を過ぎた人にとっては後ろ髪をひかれそうなストーリーだったので観てしまいました。この映画、そういう中年が夜考えると眠れなくなりそうな設定がいくつか出てきます。独り身でもう50歳になる女、余命いくばくもない妻を看病する夫、認知症が出てきた夫の世話をする妻、ひとりで牛乳屋を細々とやっているオヤジ。みんな子どもがいないか画面には出てきません。出てきても、親同士の浮気の果てにとり残されてしまった子どもとか、母親に育児放棄されゴミの中で暮らしている兄弟のエピソードとかです。ここには家族として繋がり、連なって行くべきドラマがない。自分の人生が終わったらそれを語ってくれる人が誰もいません。もっとも死んでしまえばみんな同じですが。すみません、暗くって。
でもそんなに暗い映画じゃないです。基本的には中年同士のラブ・ストーリーですので。田中裕子の、ほんとはメガネかけてるのに今日はしてないみたいな顔がすばらしいです。ワタシ、この顔知ってます。誰にも理解されないだろうと思うし、誰にも理解して欲しいとも思ってない、ツンツンしながらもなんか待ってる人。誰とは言いませんが。
ひさしぶりに「ああだろ、こうだろ」思わず心安らかに観られた映画でした。人はなぜこういう映画を観るんでしょう。さっきは暗い映画じゃないとは言いましたが、決して明るく楽しい映画でもないんで。
先日、帰宅のために街を歩いていたら、路地を曲がって大通りに出たところのビルの隙間で、携帯しながら泣いてる女の人を見かけました。携帯が普及した今こういうシーンはありがちなのかもしれませんが、それでも3日ぐらいは忘れないもんです。明るく楽しいことでもないのに。明るく楽しいことは自分の人生に理由づけしてくれないです。人生は明るく楽しいことなんてめったにないんで。もちろん、そんな理由づけも3日ぐらいすると忘れてしまうんですが。
えー、3日たっても忘れないものが欲しいんなら、「おいしいもの」がいいです。ワタシは3日どころか、12日前に食べたおいしいパスタのことを今も覚えてます。去年の年末に食べた中華屋のおいしいデザートのことも。つまんない映画に1800円払うんなら、ウチの事務所の下のSEEDSでランチ食べた方がよっぽど満たされます。という考えは危険でしょうか。いやいや、そんなことはありません。おいしいものは偉大です。みなさんもおいしいものをどうぞ。

投稿者 いがらしみきお

2005年08月03日

50回目のファースト・キス

せっかく「恋愛」というカテゴリーを作ったのに、いつまでたっても空きのままなので、無理矢理「恋愛映画」を観て来ました。まぁ、「恋愛」なんてカテゴリーは無意味ですね。だったら「友情」とかいうカテゴリーだって作らなければいけないし、そうなると「旅」とか「料理」とか「健康」とか「収納」もありかも。
これは原題は「50回目のファースト・デイト」になっています。でもたぶん、観た人はみんな邦題の「ファースト・キス」の方が正解だと思うでしょうね。
舞台はハワイです。ハワイと聞けば観ないわけには行かない。今年の夏はハワイに行けそうもないし。「ビッグ・バウンス」という映画もハワイが舞台だというのでDVDで観たら、風景が全然「ハワイ」という感じがしませんでしたが、こちらはまだ「ハワイ」のニュアンスがあります。ハリウッドの映画に出てくるパソコンというと、だいたいマックなんですが、サンドラーが使ってるノートパソコンはVAIOでした。これもなんか「ハワイ」って感じしませんか?しませんね、すみません。
この映画も設定にツカミがあります。「交通事故によって、記憶が1日しか保てない女と、その女に惚れてしまった男のラブストーリー」です。つまり、女はひと晩寝ると、その男のことを忘れてしまうので、次の日、また「初対面」を繰り返さなければいけないし、いつまでたってもファースト・デイトをやることになるし、何回も何回もファースト・キスを繰り返し、毎日毎日ボーイ・ミーツ・ガールをやることになります。この映画の企画書になら、ディノ・ディ・ラウレンティスだって、角川春樹だって、「こいつぅ、ふっふっふっ。いいだろ、やってみろ!」とか言って、机の上にバーンと小切手帳を叩きつける音が響く、月曜日の午前10時の会議室って感じじゃないでしょうか。
主演はドリュー・バリモアとアダム・サンドラー。ドリュー、ワタシ大好きでーす。ドリューじゃないと、ちがう映画になってたかーも。もうおばさーんの入り口に片足突っ込んで、尻もでかーくなってしまったドリューのベビー・フエイス・キラー・スマーイルと、いつ見ても無責任顔のサンドラー。しかも舞台はハワーイ。文句言うヤツぁアロハの心が足んないのよー。マハーロ。

投稿者 いがらしみきお