ひさしぶりに映画館に行きました。もしかすると3ヶ月ぶりぐらいかも。変わってませんね、映画館も。もうすべての映画館は廃墟のようになってしまって、そこではアンドロイドの女ホームレスが、デジタル売春してる(デジタル売春ってなんだ?)とか、三色レプリカントが(三色レプリカント?)合成ドラッグでバーチャルラリラリしてる(バーチャルラリラリって?)とか、思ってたわけじゃないですが。
当然、映画を観るのもひさしぶりで、黒沢清監督の新作「叫」です。葉月里緒奈の幽霊がこわいという評判でしたので。確かに里緒奈、こわいです。ピンボケの里緒奈、アップの里緒奈、ピントきつめでエッジがどんどん強調されたギザ里緒奈、どういう風に撮られてるか、どういう風に撮られればいいのか、きっぱりと理解しているので、里緒奈、いい女優になりましたね。
男というか恋というか、板前だのサラリーマンだの、そんなのと結婚したり離婚したりしてどうすんだろ、とか余計なこと思ってましたが、里緒奈、ほんとは男なんてどうでもいいのかも。それに似てるのが宮沢りえです。相撲取りだのクロムのデザイナーだの、そんなのとくっついてどうすんのかな、と思ってたら、宮沢りえはいつのまにかほんとにいい女優になったと思います。りえも結局、男なんてどうでもいいのかも。その路線で行くと、次にいい女優になりそうなのは、やっぱり広末ですね。うんうん、男なんてどうでもいいんだから、好きな時に捕まえて、飽きたら捨てちゃえばいいし。竹内結子も。
この前、DVDで「薬指の標本」を観ました。ワタシもたまには観ますよ、こういうの。ラブです、おフランスです。この映画でも結局、女の人は男から逃げてしまいます。もっとも男は標本ばっかり作ってる退屈なオタク(アキバ系)とか、男臭いスケベ(チョイ悪系)だったりするので、無理もないかも。ま、そういう意味では現代的な図式ですね。狙って作ったんでしょうが。
今はもう「男→ヘナヘナ」「女→ガンガン」という図式が世界中津々浦々に行き渡ってしまってるのかも。男がこうなのに、女の人はそれでも恋愛を求めるんでしょうか。女の人は人間関係の中でしか生きて行けない生き物かもしれませんが、恋愛というものを、まだ究極の人間関係だと思ってるんでしょうか。男がこうなのに。アキバだのチョイ悪だの言ってるのに。あははは。
黒沢監督の「叫」、よくないわけではないですが、やっぱりこれは技巧的な映画です。ついでに言えば、黒沢監督の前作「LOFT」も。男に残ったのは技術だけなんでしょうか。男はもう技術しか見せるものがないんでしょうか。たぶん技術しかないんでしょう。それをわかってる男はまだ真摯な人だと思います。そして女の人よりもまだ少し深みにいると思います。
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: サスペンス
