匂いがテーマの映画ということで、ちょっと興味深かったので、行って来ました。「パフューム」。冒頭、昔のパリはとても臭かった、という説明が出てくるんですが、確かにパリでなくても昔は臭かったと思います。
ワタシの家の周りでも、醤油屋が煮る大豆のアクのニオイ、肉屋が揚げるフライのニオイ、魚屋が焼く魚のニオイ、そして風呂を焚くニオイ、ご飯が出来たニオイ、銭湯の煙突からのニオイ、遠くは屠殺場にうずたかく積まれた家畜の頭蓋骨の腐乱するニオイから、床屋だったワタシの家の中の整髪料とパーマ液のニオイ、そして汲み取り便所の強烈なニオイ。それらが時間を変え、場所を変え、いろいろ臭っていたのを思い出します。そして五感の中でも、匂いは意識の奥深くに潜り込んでしまうような気がします。
ワタシはオヤジが着ていたアノラックのゴム臭い匂いを強烈に覚えていて、いつだったか仙台の雑踏の中、誰かとすれ違った時に、ひさしぶりにその匂いを嗅ぎました。当然、振り返ってみたりしたんですが、結局、誰の匂いだったかはわかりませんでした。たぶん死んだオヤジが歩いていたのでしょう。なにしろワタシのオヤジは遍在化するオヤジというか、世界中どこにでもいるのです。大阪でサンドイッチマンをやっていたオヤジ、東京でタクシーの運転手をやっていたオヤジ、ハワイのビーチを掃除していたオヤジ、フロリダでは現地の案内人をやっていたオヤジ、そして「パリ・テキサス」に出演していたオヤジ、みーんなワタシのオヤジでした。いや、そっくりだっただけですが。あははは。
次に憶えているのは、遠足の時に持って行くナップザックのビニールとお菓子と果物の混ざった匂いです。ワタシは小さい頃、乗り物酔いの激しい子だったので、そのナップザックの甘ったるい匂いをイメージすると、今でも「おえっ」と来ます。あ、思い出した…、ううぅ、おえぇぇっ。
そして煙りの匂いです。煙りの匂いはなぜあんなにも懐かしいのか。たぶん原体験は田んぼの稲わらを燃やす匂いとか、たき火の匂いなんでしょうが。
映像、音声、文字、五感のほとんどがデジタル化された今、匂いだけはまだデジタル化されていません。ここに匂いというものの強烈な郷愁の理由があるのかも。いわゆる最後のアナログとして。しかし、よく考えると味覚もデジタル化されてませんね。味覚もなつかしいかな。確かにワタシは田舎に帰ると、昔から食べてる近所のそば屋の中華そばを必ず食べて来ますが。とするとデシタル化されたかどうかは関係ないんでしょうね。しかし、デジタル化されると、たぶん懐かしくなくなるかも。いや、更に懐かしくなるのかな。人間てそういうもんです。
「パフューム」、衝撃的なエンディングが待っていると言われてたんですが、ワタシは必死になって笑いをこらえていました。だっておかしいだろ!あははは。ネタバレになるので言いませんが、笑われるのを覚悟でやったのならエライと思います。でも、笑われると思ってもいなかったとしたら、ダメな監督でしょう。
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2007年03月26日
パフューム-ある人殺しの物語
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: ドラマ
2007年03月13日
叫
ひさしぶりに映画館に行きました。もしかすると3ヶ月ぶりぐらいかも。変わってませんね、映画館も。もうすべての映画館は廃墟のようになってしまって、そこではアンドロイドの女ホームレスが、デジタル売春してる(デジタル売春ってなんだ?)とか、三色レプリカントが(三色レプリカント?)合成ドラッグでバーチャルラリラリしてる(バーチャルラリラリって?)とか、思ってたわけじゃないですが。
当然、映画を観るのもひさしぶりで、黒沢清監督の新作「叫」です。葉月里緒奈の幽霊がこわいという評判でしたので。確かに里緒奈、こわいです。ピンボケの里緒奈、アップの里緒奈、ピントきつめでエッジがどんどん強調されたギザ里緒奈、どういう風に撮られてるか、どういう風に撮られればいいのか、きっぱりと理解しているので、里緒奈、いい女優になりましたね。
男というか恋というか、板前だのサラリーマンだの、そんなのと結婚したり離婚したりしてどうすんだろ、とか余計なこと思ってましたが、里緒奈、ほんとは男なんてどうでもいいのかも。それに似てるのが宮沢りえです。相撲取りだのクロムのデザイナーだの、そんなのとくっついてどうすんのかな、と思ってたら、宮沢りえはいつのまにかほんとにいい女優になったと思います。りえも結局、男なんてどうでもいいのかも。その路線で行くと、次にいい女優になりそうなのは、やっぱり広末ですね。うんうん、男なんてどうでもいいんだから、好きな時に捕まえて、飽きたら捨てちゃえばいいし。竹内結子も。
この前、DVDで「薬指の標本」を観ました。ワタシもたまには観ますよ、こういうの。ラブです、おフランスです。この映画でも結局、女の人は男から逃げてしまいます。もっとも男は標本ばっかり作ってる退屈なオタク(アキバ系)とか、男臭いスケベ(チョイ悪系)だったりするので、無理もないかも。ま、そういう意味では現代的な図式ですね。狙って作ったんでしょうが。
今はもう「男→ヘナヘナ」「女→ガンガン」という図式が世界中津々浦々に行き渡ってしまってるのかも。男がこうなのに、女の人はそれでも恋愛を求めるんでしょうか。女の人は人間関係の中でしか生きて行けない生き物かもしれませんが、恋愛というものを、まだ究極の人間関係だと思ってるんでしょうか。男がこうなのに。アキバだのチョイ悪だの言ってるのに。あははは。
黒沢監督の「叫」、よくないわけではないですが、やっぱりこれは技巧的な映画です。ついでに言えば、黒沢監督の前作「LOFT」も。男に残ったのは技術だけなんでしょうか。男はもう技術しか見せるものがないんでしょうか。たぶん技術しかないんでしょう。それをわかってる男はまだ真摯な人だと思います。そして女の人よりもまだ少し深みにいると思います。
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: サスペンス
