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2006年09月29日

実はこの「映画ゾンビ」、今回で100回目を迎えます。ほんとは100回やったら、ひとまず止めようと思ってました。しかし、自分だけ勝手に止めるわけにも行かないので、次やることについて考えたんですが、まだ構想中というか、マジでそんなことやるつもりかというか、途中で死んじゃうぞというか、絶対誰かに怒られる!というか、あれやこれやのアレコレで、結局、この「映画ゾンビ」、もう少しやります。もしかしたら117回とかで突然止めるかもしれませんが。
先日、ひさしぶりに上京しました。仕事もありましたが、お楽しみもありました。ひとつが昔お世話になった編集の人たちとの20年ぶりの再会、そしてもうひとつが、キム・ギドクの新作、「弓」を観ることです。
編集者諸子との再会、待ち合わせの場所のドアを開けると、いきなりタイムマシンから降りたような気分に。ワタシを入れて3人、お互い30歳前後の時に会ったのが最後、それぞれ50歳を越えた今はひとりがヨイヨイになり、ひとりは腰が曲がり、ワタシは補聴器をしているという有様で、なんというかお互いよく生き延びたという感慨がありました。マジで。
その後は、例によって夜の巷に降り立ち、笑い、怒鳴られ、謝り、ツバを飛ばし合い、殴られ、ヨロけ、薄くなった頭頂部をいじられました。ふぅー。
翌日、わかりにくい東京メトロに乗って、さらにわかりにくい渋谷へ。渋谷駅というのは、いったい出口がいくつあるんだろう。いつも希望の出口に出られた覚えがないっス。ブンカムラの映画館へと、携帯のナビを見ながら歩いてたら、なぜか道玄坂へ。ちがうだろ!
今の時代、映画のだいたいの内容は、観る前にどうしても知ってしまうものですが、「弓」も、そのだいたいの内容を聞いた時に、ちょっと不安になりました。聞くと、若い娘とおじいさんが海の上の釣り船で暮らしている、おじいさんと若い娘は愛し合っているらしい、そこに釣り客の若い男が現れて…というサワリなんですが、これだけ聞けば誰でもあるストーリーが頭に浮かびます。それに、これはどこかで聞いたことがある話です。ギドクには「春夏秋冬、そして春」という作品がありますが、これは世間から隔絶された山の中で、お坊さんと男の子が暮らしている。そして、こちらには女の子が入り込んできて、世界が乱されるという話です。えー、ワタシは「春夏秋冬、そして春」が嫌いでした。あははは。それが結論でしょうか。
しかし、「弓」には名シーンがあります。みなさんはエア・ギターって知ってますか?それからエア・ボーカルも知ってますか?では、エア・セックスは?ぷっ、ふふふふ。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: ドラマ

2006年09月19日

メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬

ワタシは元来、南米に弱いです。死ぬ時はメキシコの荒野で犬のように死にたいとさえ思ってるぐらいのバカヤローです。ワタシの死を誰も知らない、誰も悲しまない、誰も思い出さない、それは男として理想的な死に方ではあるまいか。などと言いつつも、いざ本番の時には、死に切れずに「水ぅ、水ぅ」とかわめきながら、サボテンの針だらけになって這い戻ってくるだろうヤツでもありますが。
ですからハリウッド映画、永遠のパターンである「国境を越えてメキシコへ」の図式で描く「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」も、ぜひ劇場で観たかったんです。脚本も「アモーレス・ペロス」、「21グラム」のギジェルモ・アリアガだし。
しかし、「親友の死体を担ぎ、埋葬のために国境を越えてメヒコへ、しかも殺した犯人同行付き」という、ワタシにとってはすでに、「ヤリすぎ」とさえと言えるぐらいのシチュエーションが、逆に二の足を踏ませたのでした。もしかしたら古き良き西部劇のムードにゲボゲボ溺れてるのでは?監督もトミー・リー・ジョーンズだそうだし。という一抹の不安感があったのですが、そんなワタシの予断など、まったく濡れ衣も甚だしい、人種差別とさえ言えるぐらいの偏見でした。ごめんよ、トミー・リー。
どういう映画かというと、「人はみんなさびしいよ」、「人はみんな年をとるよ」、「人はみんなひとりだよ」という「人はみんな映画」です。または、センチメンタルについての映画かもしれません。登場人物みんなが「遠くを見るような目つき」をします。遠くを見るような目つきをする時、人はセンチメンタルの中にいます。なにもしていない時を恐れるように、携帯したり、iPodしたり、パチンコしたりする現代人ですが、もっと遠くを見るような時間を持つといいんじゃないでしょうか。センチメンタルは人を磨きます。大きなお世話でしょうが。
ワタシはこの季節、コスモスを見るにつけ「ふしぎな花だなぁ」と思ってきました。あの三次元の妙な枝ぶりはともかく、コスモスの原色の色は日本の自然にはない色です。絵の具で言うと、乾いた上から少し黄色を塗るととあんな感じになります。もともと外来植物で原産地はメキシコだそうですが、コスモスの淡いけど強く深い色を見るたびに、なんだかワタシはトリップするのです。「どこに」と言われると、ちょっと一言では言えないところに。なんだか強烈な郷愁も感じるので、かつて夏の終わりの夕暮れの中で、はじめて見たコスモスでも思い出すのかもしれません。
それで注意して観ていましたが、この映画の中にも出て来ます、コスモス。犯人が逃げまどう荒野の中に咲いています。ワタシはそのコスモスにも、ちょっと郷愁を感じましたが。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: ドラマ

2006年09月14日

マイアミ・バイス

前回、2本ハシゴし、「グエムル」の前に観ていた「マイアミ・バイス」。ほんとは「マイアミ・バイス」→「グエムル」の順じゃなくて、「グエムル」→「マイアミ・バイス」が希望だったんですが、時間が合わなくて。というか、元々2本観るつもりはなかったんです。しかし、来週の新作が「X-MEN」とか、「バック・ダンサーズ」たらいうシロモノらしいので、ここはまとめて2本観ておいた方がよかろう。来週、「マイアミ・バイス」を観るために、わざわざまたシネコンまで来たくないし。というわけで、本屋ウロウロはあきらめて、ちょうど5分後にはじまる「マイアミ・バイス」へ。
なんで「マイアミ・バイス」なのかというと、監督がマイケル・マンだからです。だけど、ワタシがマイケル・マンの映画で一番好きなのは「ザ・キープ」だったりします。これは20年以上前の、マイケル・マン唯一のホラーなんですけど、なんか寒々とした孤独感があってよかったです。あとは「ヒート」にしても「インサイダー」にしても、そんなに記憶に残っていないです。記憶に残ってるのはカットとかシーンとか、絵というかカメラというか、構図というか照明というか、特に「アリ」のオープニングには驚愕し、「コラテラル」の銀色っぽい夜の質感にも感じ入りました。
以前、フランス代表のアンリが出てくるナイキのテレビCMがあったんですが、これにワタシいたく感動しまして、サッカーの国歌斉唱の時のように、いちいち立ち上がってCMに見入ったものです。しばらくはそのCMが流れると、家族から「パパ、アンリだよ」と言われるままに、直立不動、胸に手を当てて見ておりましたですだす。で、そのCM、これはマイケル・マンが撮ったに違いない。これを撮れるのは、世界中探してもマイケル・マンしかいない。ワタシには絶対的な確信がありました!調べてはいませんが、絶対マイケル・マンです!!たぶん間違ってるでしょうけど。あははは。
今回の「マイアミ・バイス」も何カ所となくいいカットがあったので、それはそれで文句ありません。だけどもう少しドンパチやるかと思ったんですが。で、そのドンパチがほとんど「プライベート・ライアン」風だったら、アクション映画の新しい地平が開けたかもしれないのに、と思うのは観た側のただの欲目ですけど。
それにしても台湾の「美しいおかあさん」ことコン・リーが、太股もあらわにコリン・ファレルと欲望のおもむくままお互いを貪り合うとは。あぁ、あの「美しいおかあさん」が、「美しいおかあさん」が…。とは言っても、コン・リーが一番よかったんですが。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: アクション

2006年09月05日

グエムル 漢江の怪物

子供もコレ観たいと言い、嫁さんもコレおもしろそうと言い、ワタシもポン・ジュノが監督なんだからおもしろいはずと言った「グエムル」。子供が受験勉強中のため、貴重な自由時間をハズすわけにはいかないので、まずはワタシが味見を、という密命のもとに、とりあえず行って来ました、ひさしぶりのシネコンへ。
どれどれ、おぉー!すぐ怪獣出しちゃう!エライぞ!ポン・ジュノ!がははは!はじめてグエムルが川から姿を現し、人を追っかけて防波堤を走ってくるシーンには爆笑してしまいました。笑ってるのはワタシだけでしたが、ポン・ジュノはたぶんこのシーンを撮りたかったのかもと思い、ワタシもたぶんこのシーンを観たかったのかもとさえ思ったぐらいです。というわけで期待は早々と達成されたので、あとは映画に身を委ね、エヘエヘ、アハアハしようと思ったら、なんかちょっとちがう。実はこの日も2本のハシゴというわけで、直前にマイケル・マンの「マイアミ・バイス」を観ていました。たぶんその影響もあるんだと思うんですが、主人公たちの家族の方の話になるといきなり映画がダレる、というかシロートっぽくなる。ユーモアもスベり気味で、家族愛は宙に浮いたままです。ヒョンソ役のコ・アソンちゃんはかわいいけど。
ポン・ジュノ、「韓国のスピルバーグ」と言われてるそうですが、サッカーの世界でもちょっと若いのがノシてくると、やれ「韓国のマラドーナ」とか、ほれ「砂漠のペレ」とか、それ「静岡のジダン」とか言われます。言われる本人は迷惑でしょうが、ポン・ジュノも「ほえる犬は噛まない」、「殺人の追憶」、そして「グエムル」と、その芸域の広さから「スピルバーグ」呼ばわりされるわけです。だけど、やはりスピルバーグじゃない。スピルバーグだったらゆるがせにしないだろう、波紋の大きさや水しぶきの量や小舟の揺れ加減、そういう小技がちょっとルーズです。ま、VFXに「ロード・オブ・ザ・リング」とか「キングコング」を手がけたWETAワークショップにやってもらったので、やっぱりオカネが足りなくなったのかもしれませんけど。
それにしてもポン・ジュノはふしぎな監督です。「ほえる犬は噛まない」を観れば、もともと「殺人の追憶」も「グエムル」も撮れる人だろうということはなんとなくわかります。もし次にラブ・ストーリーを撮ったとしても、なんかそれもまた「撮れることはわかってた映画」なのかもしれません。その辺がスピルバーグに一番似てる部分かもしれないですね。でも、ワタシが残念だったのは、ソン・ガンホがグエムルに跳び蹴りしてくれなかったことです。してくれると思ったのになぁ。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: 怪獣

2006年09月01日

ディセント

洞窟探検物のホラーです。しかも女だけの洞窟探検だそうで、なんかその辺に仕掛けがあるのかも、と思ったらワタシの考えすぎでした。メンバーに一人二人男がいてもなんら問題はないストーリーなんですが、ホラーなんだからヤローはいらない、女だらけでワッショイワッショイ!踊り食い!という至極真っ当な意図に基づいた設定のようです。なので、半分ナメた態度で観てたら、ワタシ、自分が閉所恐怖症なのを忘れてました。
洞窟なんで大きい洞穴が舞台だろうと思ってたんですが、狭い坑道のような穴を女一人がにじり這い、そのうち体が挟まって、行くも戻るも出来なくなってしまうシーンが出るに及んで、ワタシも30年前の佐渡金山見学ツアーの時の恐怖がフラッシュ・バックしてしまいました。佐渡金山はおっかなかったです。人ひとりがようやく這って進めるぐらいの真っ暗な狭い坑道を観せられた時、突如として過呼吸状態になり、息苦しくなって慌てて外に出たのを憶えています。
そういうわけで、また同じような狭い穴のシーンが出てきたらどうしようという恐怖が、洞窟に生息していた地底人が襲ってくるなどというバレネタよりもはるかに強烈で、ひさしぶりに恐怖を感じながらホラーを観ました。っていうか、こういうこともあるんですねえ。長い間ホラーばっかり観てると。
ちょっと前に塚本晋也監督の「HAZE」という映画がありましたが、あちらはもっと強烈です。主人公が幅30センチぐらいの隙間に閉じこめられるとかいうシチュエーションだったと思いますが、ワタシは痛烈にこの映画を観たかった!だけど最後まで観られる自信がなかったし、いい年して映画館で泣き叫ぶようなマネはしたくなかったので、結局、行きませんでした。でもDVDだったらいつでも外に飛び出せるので、泣き叫びながら観るつもりではいます。
ワタシはなぜこんなにホラーが好きなんでしょう。先日、誰だったかが言ってましたが、恐怖というのは一番リアルな体験なんだそうです。結婚して、子供も大きくなって、親が死に、友達が死に、自分も病気のひとつぐらいはして、あぁ、人の世の中なんてたった30年ですべて変わってしまうなぁ、と感じているオッサンにとって、リアルなものなんてほんとなくなってしまうもんですから。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: ホラー