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2006年04月27日

Vフォー・ヴェンデッタ

映画館の予告篇を観ても、どんな映画なのかよくわからなかったので、観て来ました「Vフォー・ヴェンデッタ」。ナイフ使いのトランプマン野郎、丸坊主にされるナタリー・ポートマン、革命だの自由だのテレビ局占拠だの、ほんでもってバックにいるのが「マトリックス」のジョエル・シルバーとウォシャウスキー兄弟…、これだけの情報からワタシが頭の中に作り上げた「V」は「もしかすっと少しおもしろいかも」というものでしたが、テレビでの予告CMを観た娘も「うーん、コレおもしろいかも」と思ったらしくて、「んでは送って行くべ」という嫁さんも入れて3人で観て来ました。まるでファミリー映画みたいなノリですが。
ちなみにウチのアシスタントは家族総勢5人で「サイン」を観に行ったことがあるそうで、アレもファミリー映画だったかなぁ。ちがうだろ、おまえ。ま、アシの家族は全員ガックリして帰ってきたそうです。
ウチも結論から言っちゃいますが、「V」にゲンナリして帰ってきましたです。アシの家族は5人、ウチは3人なのでウチの方がまだ不幸中の幸いだったとか、意味もないことまで考え出して自分を納得させたりしたんですが、娘も嫁さんもブリブリ怒ってました。ワタシはワタシで2000年を越えてからこんな映画観るとは思ってなかったというか、観ている間、暗澹たる気持ちになりながらも、なんだかこの古くささに郷愁さえ覚えるのでした。
「V」、この感じはワタシの仕事場の近くのそば屋のそばのようです。このそばを誰かお客さんに食べさせたり、家族に食べさせたりしたら、「V」のような結果になるのは火を見るより明らかなので、自分だけで人知れずひっそりと食べていますが、ワタシはこのそば屋に週一の割合で通ってます。まず、ここのそばはそばの色をしていない。ほとんど真っ白でそばの香りもしません。宮城県の方言に「ぺろ」という言葉があるんですが、基本的にこれはうどんのことを言います。しかし、ワタシは子供の頃から「ぺろ」というのは「白い麺類」に対しての総称だと思っていたので、このそばを密かに「ぺろ」と呼んでいるのでした。このぺろ、確かにうまくはないがたぶん毎日食べても飽きない。いや、きっと飽きますけど。あははは。だけど、ワタシにとってはまさに「ぺろ」なので、古くさくても、懐かしく、飽きない味なんでしょう。うーん、ちょっと誉めすぎかな、「V」もこのそば屋も。とりあえずこれからこのそばのことを「Vそば」と呼ぶことにします。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: SF

2006年04月22日

蝉しぐれ

最近なぜか木村佳乃に惹かれてまして、「寝ずの番」を観に行きたかったんですが、どうも遠いシネコンなのでまた嫁さんにクルマで送ってもらうことになるし、なんか時間も合わない。それでDVDで「蝉しぐれ」を観ることにしました。
藤沢周平原作ですね、これ。ま、木村佳乃が出てくるまで我慢しようと思ったんですが、子ども時代の話からはじまるので、なかなか出て来ない。それで結局途中で寝てしまいました。しかし、藤沢周平というのはなぜオヤジに読み継がれるのかがよくわかったというか、「蝉しぐれ」、まるでオヤジの妄想のような話です。週刊大衆の新聞広告でワタシが密かに「オヤジの妄想」と名付けている「オレならこうする」シリーズとでもいう名物企画があるんですが、これは「もしこの女子アナがオレの嫁なら毎晩こう攻める」とか、「この女優たち、オレなら夜毎こう攻める」とか、「このアイドル、オレがあーしてこーして泣かしたる」とかいうタイトルで、勝手に妄想たくましくしている記事です。ワタシ、新聞で見かけるたびにゲラゲラ笑いながら写メールでスクラップしてますが、このシリーズももう「8」になります。週刊大衆の編集部のみなさん、これからも楽しみにしてますのでがんばってください。というわけで、藤沢周平を「オヤジの妄想」だというのは言い過ぎかもしれませんが、これはもうすでにファンタジーなんでしょうね。
それにしても今週も観るものがない。とりあえず観ておこうかと思ってた「ナイト・ウォッチ」も仙台の陸の孤島と言われる地帯にあるシネコンでしかやってなくて、ワタシがそこまで行くにはバス→地下鉄→ローカル線→タクシーと乗り継いで行かねばならないので、これはもう小旅行になってしまう。そこまでしてまで観る映画だとは思えないので、結局行きませんでした。帰りもまた小旅行なわけだし。
もうお気づきかもしれませんが、ワタシは免許がありません。小説家の車谷長吉さんは「クルマの免許だけは一生とるまい」という決意をした人ですが、ワタシはとにかく学校というものが嫌いで自動車学校にも行きたくなかったのです。しかし東京ならいざ知らず、今の時代クルマを運転出来ないと、自分の行動範囲が限られて休日の日とかは家族と行動をともにするしかなくなります。ま、それはいいんですけど、一番影響があったのは「映画を観る」ということについてですね。町中に映画館がなくなってしまったので。
仙台では数少ない町中の映画館として「セントラル劇場」というところがあります。そのセントラル劇場で、ワタシが観られなくてこの前絶叫していた「ヒストリー・オブ・バイオレンス」と「変態村」を上映してくれるとか。久々の朗報です。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: 時代劇

2006年04月14日

TAKESHIS′

今週もまた観るものがない。春休みも終わったというのに、どこのシネコンもまるで談合したみたいにアニメとかお子ちゃま映画ばっかりです。そう言えばシネコンとゼネコンて名前も似てますが、まぁ、ほんとに悪いのは映画会社の方かも。
前回の昼メシ理論に例えれば、こういう時は変わったものを食うしかない。いつもは麺類しか食べないんですが、今回は丼物、しかも駅ビルにある呑み屋のランチメニューのかき揚げ丼。うーん、ここのかき揚げはデカすぎて晩メシになってもまだ胃の中に残ってそう。というわけでDVDで「TAKESHIS′」を観ました。
たけし、なんでもフラクタル構造みたいな映画を作りたかったらしくて、こうなったそうです。なるほど、フラクタルなので当然時間軸も入り組んでいて、シーンの冒頭にフラクタル始点としての唐突なインサートカットがあったりします。というわけでこれをフラクタル映画というんなら、「メメント」はリバース映画で、「21グラム」はジグソー映画で、「アレックス」はリワインド映画ということになるでしょう。
「フラクタル構造で映画を作ってみたい」という欲求自体、ワタシにはわからないですが、たけしは「観客を混乱させたかった」とも言っています。ほんとに観客を混乱させたい監督なんかいるのかどうか、これもワタシにはよくわかりませんが、いるとしたら前記「アレックス」のギャスパー・ノエぐらいなもんかも。「アレックス」では劇場のお客さんがワタシの前で次々と帰って行きました。トイレで吐いてる人もいたとか。まさに「観客を混乱させた映画」と言えるんじゃないでしょうか。いや、そういうのは「観客を帰らせた映画」または「観客を吐かせた映画」なのかな。あははは。
確かに時間軸が入り組んだ映画なので、とっつきにくいですが、ワタシにはその方がよかったです。次のカットやシーンの予想がつかないので最後まで寝ないで観られました。しかし、たけし、これは自分の映画のセルフ・パロディなので、次からはもうドンパチなんかやれないんじゃないでしょうか。あとタップも。少なくとも「もうやらない」という覚悟のようなものはあったと思いましたが。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: ファンタジー

2006年04月07日

ドゥーム

シネコンの弊害ここに極まれりという感じで、観たいと思ってた映画が仙台に来ません。クローネンバーグの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」もクレイヴンの「カースド」もファブリス・ドゥ・ヴェルツの「変態村」も来ないではねいでぃすか!昔のように市内の映画館健在だった頃なら「ヒストリー・オブ・バイオレンス」は日の出プラザで、「カースド」なら東映パラスで、「変態村」なら仙台シネマでやったはず。いや「変態村」だけはわかんないですけど。
仙台もシネコンに押されて、市内の映画館がバタバタ閉館し、駅前というとどこの地方都市でも映画の看板があったものなのに、今はもう仙台の駅前にもひとつもない。まるで平成の廃藩置県の如く、合併合併に明け暮れて自分の育った町の名前さえバカバカ消されてしまうのと同じように、ここまで映画館が消えて行く自体に我々はなにもできない。ワタシもできません。だからノスタルジーに駆られて「映画館を返せ」なんて言わないで、ただただ怒ってみせてるだけですが。
で、「ドゥーム」。元ネタは有名なネットゲームです。「バイオハザード」みたいなもんだろ、と思って行ったら、「バイオハザード」よりもおもしろくありませんでした。ジョボビッチも出てないし。それよりこの監督は血の使い方がなっとらんので、最初からもうこれはいかんと思っちょりました。監督のキャリアを見てみたら、「ロミオ・マスト・ダイ」とか撮ってる。コイツか、リー・リンチェイ先生にジーパン履かせてロスだかニューヨークだかの街を走らせたバカヤローは。リー・リンチェイにジーパンなんか履かせんな!ブウゥゥゥゥ!!
というわけで気に入りませんでした。いや、わかってたことなんですが。そう言うとせっかくクルマで送ってくれた嫁さんも怒り出すわけです。「なんでおもしろそうでもないものを観にくるの」と。
その理由はこうです。ワタシにとって映画を観るというのはもう昼メシの世界です。とにかく昼メシは食わなければならない。で、今日はそばにしようかラーメンかうどんかパスタか、そう考えるとその時やっていた映画で「ま、いいか」と思ったのは「ドゥーム」だけだったんですね。これを昼メシで言うと、仕事場近くのパチンコ屋の裏にある名もない中華屋で今日はチャーハンを食う、という感じでしょう。そのチャーハンがどんな味なのかもうわかってるので、うまいかまずいかと言われても、まぁ、こんなもんだろ、ということです。それを夢がないとか寂しいとか言われても、ワタシはもうジタバタするつもりはありません。その中華屋ももうなくなるみたいですが。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: アクション

2006年04月01日

ブロークバック・マウンテン

「ブロークバック・マウンテン」、監督のアン・リーは台湾人のくせに、イングランドの田舎を撮ればイギリス人よりうまく、西部劇を撮ればアメリカ人よりうまく、カンフー映画を撮れば中国人よりうまく撮ってしまう人です。唯一うまく撮れなかったのは「ハルク」だけかもしれないですが、「ハルク」なんてどんなアメリカ人だってうまく撮れないでしょう。うまく撮れるとしたら「サンダ対ガイラ」の本多猪四郎だけだって。だからワタシは「SAYURI」をぜひアン・リーにやってもらいたかったんです。どんな日本人よりもうまく芸者映画を撮ってみせたかもしれないし。
それで「ブロークバック・マウンテン」、ご存じのようにゲイのカウボーイ同士の愛の物語っス。ワタシ、アメリカ人のゲイと幼児虐待ネタはもうウンザリで、あんまりノリ気しなかったんですが、今度はどんなゲイよりもうまくゲイの映画を撮ってみせてるんじゃないかと思ってとりあえず行ってきました、恥ずかしくも。
うーん、男の客がワタシを含めて3人しかいない。あとはみんな女の人です。ひとりだけカップルの片割れの男もいましたが。なぜか男の客は前の方に座ってしまってて、うしろの席の女の人から「あのオッサンらホモかよ」みたいな視線で、薄くなった後頭部を見られてるかと思うと、なんだかピンク映画の頃のような原罪意識で胸がいっぱいになりましたですだす。
ゲイとは言え、プラトニックな関係でそんなに直接的なシーンはないんじゃないかと思ってたんですが、文字通り「単刀直入」なシーンもあったりして、客席はちょっと気まずい雰囲気というか、咳払いしながらバサバサとあわてて新聞広げるおとうさんとかはいませんでしたが、やっぱりカウボーイ同士のアレはコレですね、ソレって。
まったくもってこれはラブストーリー。ただの不倫の関係というか、今度はいつ会えるの、いつになったらいっしょになれるの、あんなに愛し合ったのに、等々グダグダメソメソ、カウボーイである、または男同士である美意識なんてのは一切ありません。単なるゲイのメロドラマです。そういう意味ではアン・リー、今回もどんなゲイよりうまくゲイの映画を撮ったんじゃないでしょうか。ただワタシは、えーと…、前からですね、うーん…、アン・リーは、……ゲイなんじゃないかと思ってたんで。あー、いやいや、西部の大自然はよかったです。

投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: 恋愛