「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソン、念願のリメイクだそうです。とにかく「キングコング」の予告篇の速報を観て驚いた。オタクを絵に描いたようなあのピー・ジャクがスリムになってる!キングコングの初映像よりも、スリムでメガネなしのピー・ジャクの姿に驚きました。「CGだろ」という、ありがちなジョーダンが頭をよぎったほどでしたが、コングよりもなによりも、ダイエットに成功した自分をいち早く全世界のみなさまにご披露したかったのかも。あははは。
上映時間が3時間。「タイタニック」とタメをはるつもりか、と思ったんですが、ほんとにそのつもりだったんじゃねいでしょうか。自分の企画というのも同じだし、予算オーバーして自腹を切るあたりもキャメロンに似てるし、キングコングがエンパイアステートビルから落ちて行くところなんかは、もしかすると、と思ってたんですが、デカプリオが海中に沈んで行く例のシーンのようでした。
ハリウッドがリメイクした「GODZIRA」を観た時に不満だったのは、ゴジラが死ぬ時に涙を誘えないことでした。怪獣映画というのは怪獣が死ぬ時に泣けないとダメっす。その点、ピー・ジャクはわかってるというか、そのつもりで撮ってます。問題はデカプーの時のように涙ドバドバ出したオバアたちが、猿でもヌキに来るかどうかでしょうが、まぁ、ワタシが心配してもしょうがないことではあります。
でも、おもしろかったです。LOTRの時もそうでしたが、ピー・ジャクの絵作りはほんとにベンキョーになります。映画、CG、アニメ、漫画を志す若い人の教材にしたいぐらいです。
今回のコング・ガール(ボンド・ガールじゃないんだから)は、ナオミ・ワッツです。ナオミ・ワッツじゃなかったら年末進行の忙しい時期に3時間もあるものをわざわざ観に行ったりしなかったでしょう。ナオミ・ワッツはいいです。ワタシもナオミ・ワッツを片手で握ってみたいです。これはワタシの「いずれやってみたい夢のようなこと」のひとつにノミネートされましたことをみなさんにお伝えして、今年最後の「映画ゾンビ」を終わりたいと思います。いつも読んでくれているみなさん、ありがとう。よいお年を。
« 2005年11月 | メイン | 2006年01月 »
2005年12月28日
キングコング
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: 怪獣
2005年12月20日
ハウルの動く城
先週は観るものみんなダメで、ホメるにしろケナすにしろ、なにも言うことが浮かばないんで困りました。ここでその作品を列挙してもいいんですが、そういうことをやっても不毛なので、一回休みということにしました。
そこで映画館でも観てた「ハウルの動く城」、今さらですみませんが、子供が「もう一回観たい」というので、またいっしょに観ました。なんかスクリーンで観るより、DVDとウチのテレビで観る方が色の出とかきれいですね、セル画だと。ハウルのお城のディテールが圧巻でした。
旧聞ですが、鈴木プロデューサーがベネチア映画祭に行った時に「日本国内での評価が心配」のようなコメントを言ってて、「宮崎駿監督の新作なのになにを心配するっていうの」というのが一般的な意見なんでしょうが、ワタシも慇懃無礼なというか、気を緩めない人なんだなというか、選挙で「楽勝」という言葉は禁物だというか、なんか用心深いなぁ、とか思ってたんですが、映画を観ると、鈴木プロデューサーが気にしてたことがなんなのかわかりました。結局、あんまり説明しないというか、宮崎監督、説明するのがいやなところは説明しなかったんでしょう。確かにウチの嫁さんも「どうしてソフィーはおばあさんに見えたり見えなかったりするの」とか聞かれましたが、アニメではともかく、映画だったらそんなに説明しないことばかりです。では宮崎監督、なぜ「ハウル」では、あまり説明しない方を選んだのかというと、なんかの雑誌を読んだら、今のお客さんは、映画を観ながら、プロローグではこう、今は中盤のどの辺で、山場ではこれくらいのことはやるだろうという風に予断してしまってるというか、映画を型にハメて観てるみたいなことを宮崎監督が言っていたとありました。だからお客さんの思惑どおりにはしなかったというんなら、宮崎監督がそれをやるのが正しいかどうかはともかく、そういう葛藤をちゃんと出してしまうところが宮崎監督のエライところだろうと思いました。ワタシなんかはそういう予断だらけで観てるクチなんで、だから観る映画がなくなっちゃうんでしょうね。すみません。
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: アニメ
2005年12月13日
受取人不明
またまたキム・ギドク。新作ではありません。2001年の作品です。ベネチア映画祭に持って行ったとか。
韓国米軍基地とその周辺の人々の話なので、当然テーマは、戦争なんかやるからこうなったとか、米軍基地なんか作るからこうなったとか、貧困と差別が悪いんだということになります。でもメインテーマはたぶん意志伝達の齟齬とかいうものでしょう。とにかく「思ったこと」「言ったこと」「やったこと」が相手や周囲に伝わらない。当然みんな泣いたり暴れたり死んだりします。キム・ギドクの映画をなぜワタシが見続けるかというと、懐かしいからです。この「意志伝達の齟齬」の世界というのは、ワタシの子供の頃の田舎の風景でもあります。オヤジは無口で酒乱で、おっかぁは貧乏で働きづめで、子供同士は殴ったり殴られたり、話さなければいけないことをみんな口で言わないで、不機嫌に黙り込むか、誰かを攻撃するだけの毎日。
いつしかオヤジは酒乱のまま年老いて、今はヨイヨイの寝たきり、そのオヤジをいやいや面倒を見ているおっかあと子供たちは、過日の虐待された怨みをはらすべく、ここぞとばかり寝たきりのオヤジをいじめまくる。これは今もこの日本で繰り返されていることです。六本木ヒルズだけが現実ではないのでぃっす!
どうして話し合おうとしないのか。それはどう話せばいいのかわからないからです。ワタシも中学生の頃、「まぁ、話す合うべ」と言ったら、「なぬかっこつけでんのや!」といきなり殴りかかられました。きやつら、「話し合おう」などと言う人間は信じられないというか、口先だけで誤魔化すヤツだとしか思えないのです。まぁ、ワタシはそのとおり口先だけで誤魔化すヤツでしたが。あははは。
余談ですが、今世間を騒がせている姉歯ってワタシの高校の後輩でして、小島ことオジャマモンは隣り町のヤツでウチのアニキの後輩らしいです。彼らも今ワタシが言ったような世界で育って来て、そこからなんとかして逃げ出そうとした男たちなんでしょう。逃げられなかったのか、逃げ方を間違ったのかは知りませんが、とにかく二人ともあそこから逃げようとしたというところで、まちがいなくワタシと同じヤツだと思います。
キム・ギドクの映画は懐かしいです。そこに映る風景をもちろんワタシは知りませんが、「魚と寝る女」の湖上のバンガロー、「悪い女」に出てくる海辺と寂れた下宿屋、「悪い男」に出てくる路地裏と売春窟、「サマリア」のふつうの人の住むふつうの家、そして「受取人不明」の粉雪舞う田圃、小さく張った氷とその下の泥濘、その田圃の向こうに広がるカラカラに乾いた国道、なにもかもが懐かしいので、キム・ギドクもたぶんそこから逃げてきた人なんじゃないでしょうか。
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: ドラマ
2005年12月09日
Mr.&Mrs.スミス
「ミスター&ミセス.スミス」、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーです。ワタシはアンジョリの唇を見るとどうしても笑ってしまいます。なぜみんなは笑わないのか不思議です。嫁さんが「バカなのを観たい」というので、今やっている映画で一番バカそうな映画として家族で行きました。
ま、確かに十分バカな映画でしたが、ブラピとアンジョリにギャラふんだくられただけの映画だと思います。その証拠にブラピとアンジョリだけが幸せそうです。嫁さんはと言うと、なんか「バカ」の主旨が違ってたようで不満そうでした。娘はひと言「長すぎる」。
やっぱり満足なのはブラピとアンジョリだけでしょう。あっ、おすぎも満足だったみたいで、文春で星5つとかつけて絶賛してました。あははは。
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: アクション
2005年12月06日
NOTHING
「ナッシング」と読みます。「CUBE」の監督ヴィンチェンツォ・ナターリの作品です。
いやー、観る予定はなかったんですが、その日、Jリーグ最終節、入れ替え戦進出を賭けた大一番、ベガルタ仙台対アビスパ福岡戦のパブリック・ビューイングを小雪舞い、寒風吹きすさぶ仙台スタジアムで観戦しました。これがまた心の中まで小雪舞い、寒風吹きすさぶ結果になり、気分転換でもしないと家に帰れないと思って観てきたんですが、まぁ、ワタシも50年生きてきたわけで、そういう荒んだ気持ちの時に映画なんか観るもんじゃないというか、その程度の人生経験ぐらいはあったんですが、やはり荒んでる時は魔がさしてしまうもので、12月の東北、雪と悔恨のリアリズムが吹きすさぶ夜に観てきました、「NOTHING」。
うん、ダメでした。やっぱりこういう時に映画なんか観てもロクなことはない。最初はよかったんですが、世間、家、物、人、あらゆるものが消えてなくなってしまうという映画なので、途中から真っ白い画面に二人の男しかいなくなります。さて、これからどうすんのかな、と思って観てたんですが、結局、この二人の男も消えてしまい、真っ白い画面だけが残るという「消しっこゲーム」を見せられただけでした。この人の前作「カンパニーマン」も観てるんですが、こちらももろ学生映画というか、それはそれで素晴らしいんでしょうが、ワタシはそういう人は好きじゃないです。(きっぱり)
ベガルタ仙台の都並監督は、就任したての頃、自分が連れて来たスタッフとともに合宿みたいにホテルに泊まり、はじめて監督するチームのことをあーでもないこーでもないとプランを練り、「毎日毎日こんなに楽しくていいんだろうか」と思いながら、監督をやっていたそうですが、ワタシはその話を聞いた時、それは素晴らしいことだと思いました。それで結果が出てればですけど。
ヴィンチェンツォ、おまえもそうだろ。撮ってる間、楽しくて楽しくてしょうがなかったんだろ。でも、ワタシはそういう人は好きじゃないです。(きっぱり)
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: コメディー
2005年12月03日
エコーズ
ケビン・ベーコンの「エコーズ」です。心霊ものだというんで借りてきました。監督がデビッド・コープ。この人はジョニー・デップの「シークレット・ウィンドゥ」を撮ってます。もともとは脚本家だそうで、「スパイダーマン」とか「宇宙戦争」の脚本も書いたとか。脚本の世界ではド・メジャーな人なんですね、この人。でも「シークレット・ウィンドゥ」、ワタシは途中で寝てしまったとです。悪くはないんですが、なんかカッコ悪い映画だなと思いました。
なのに「エコーズ」。ワタシは時々、アメリカの風景を見たくてアメリカ映画を借りるてくるということがあるんですが、最近、アジアの映画ばっかり観てたので、この場合もそれで、まぁ、この「エコーズ」でいいんでないの、と思いながらDVDをデッキに入れたら、デビッド・コープ…。パッケージはよく読みましょう。最近、説明書とかもロクに読まないもんなぁオレ、っていうか、説明書を無視してるというか、「説明」というものがウゼいというか、そういう年ごろなんでしょう。
で、「エコーズ」、悪くはないんですが、やっぱりなんかカッコ悪い。サスペンスなんで、なにがしか説明しなきゃいけない展開にはなるわけです。でも、この人の説明が説明臭いということはない。むしろ説明臭くないように説明臭くないようにうまくやってます。それが返ってカッコ悪いのかもしれないですが。結局、デビッド・コープっていい人なんでしょう。でなければ学校の先生のような人。
これから山で遊ぶという時に、なにか前説しようとしている先生を、ウザイウザイ言ってる子供のような気持ちになってきましたが、でも説明する人はエライな、と思う分別ぐらいはあるんですよ、ワタシも。ただ聞いてないだけで。
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: サスペンス
2005年12月01日
東京ゾンビ
浅野忠信がアフロヅラ、哀川翔がハゲヅラで、東京に大量出現したゾンビたちと戦う「東京ゾンビ」、12月10日からの公開ですが、訳あって観る機会をもらいました。公開前の作品をレビューするなんてほんとの映画批評みたいで少し緊張します。
「東京ゾンビ」、花くまゆうさく氏の漫画が原作です。もしかして、そういうつもりで作ったのかもしれませんが、これ、今の世相丸ごとです。最近、ワタシ街を歩いていても、テレビを観ていても、お互いわかり合えそうもない人がすごく増えてるような気がします。いったいどう言えばわかってもらえるんだろうというか、絶対に意志疎通がとれないゾンビに対した時のような無力感。「無力感」とか言いながらも、ワタシもアフロかハゲヅラ被って漫画家なんかやってるみたいなこの感じ。この「東京ゾンビ」の世界が今のワタシの気分にたいへん近いです。たぶんトシなんでしょうけど。
浅野忠信と哀川翔が演じるところのフジオとミツオ、鉄工所で働きながらも柔術の師弟として日々鍛錬し、ロシアに行って最強の男になるのを夢見てます。ちょっと見には柔術オタクのように見えますが、こういう人をオタクとは言わない。オタクというのはある人に言わせると「なにかを諦めた人たち」だとか。ワタシもオタクというのは「見たことがあるものしか欲しがらない人たち」だとは思います。そう考えるとフジオもミツオもオタクの条件から外れるでしょう。
最近はオタクだらけです。「オタク」という言葉自体がもう悪口じゃないので、自ら「わしはオタクである」と公言する人もいます。もしかするとこの映画のゾンビとはオタクのことかもしれません。そう考えると、この映画は、なにかを諦めないで、まだ見たことのないものを信じてる人とオタクの戦いだということにもなる。その戦いをギャーギャー喚きながら高見の見物してるのがババアどもなので、なんかまたこれも今の世相丸ごとだよな、と思うんですよ。オタクに怨みはないですけど。
これ、カテゴリーに困ったんですが、ホラーでもコメディーでもなくファンタジーにしておきました。最近、なにをどう語り合ってもわかり合えそうもない人が増えて来たなぁとか、自分はオタクではない、と思ってる人には必見の映画です。エンディングは感動的なエクソダスになるでしょう。
投稿者: いがらしみきお | カテゴリー: ファンタジー
