#29 雪の降る町へ
とっくに旧聞ですが、正月に帰省して来ました。今年の正月は寒波襲来で、帰る途中ひさしぶりに地吹雪を見ました。その横風にあおられたのか、側溝にはまってJAF待ちと思しきクルマもいる。あまり雪のない仙台から田舎に帰ると、吉岡と色麻というところで景色と気温は二回変わります。雪がドッと増え、気温も2度ずつ下がる。
嫁さんの運転するクルマで、仙台から北へ小1時間。この時間はビミョーです。ワタシは、基本的に「北(もっと寒いところ)へ行く」というのが好きじゃない。それに帰省しても田舎で待っているのは、まさに「滅びていくふるさと」そのもので、新しく出来た大型スーパーでさえ、すでに古びてしまっているような。
それに、年末に田舎の兄貴から連絡があり、84歳になるおふくろがだいぶボケてきたそうで、MRIで検査してもらったら小さい脳梗塞がいっぱい出来ていたとか。84歳なのでもうなにがあっても当然です。「余命1ヶ月の老婆」だとか言われないだけでもマシとは思っていても、やはりそのおふくろがどんな状態なのか見るまでは不安でした。
田舎の築30年のアルミサッシの戸を開けると、おふくろはワタシが誰なのかまったくわからなくなっていたということはなく、いつもどおり大儀そうに居間に寝っ転がっていました。3分ほどかけて体を起こすと「おぉ」とか言う。義姉に聞いたら、その日が正月だというのを理解していなかったそうで、確かにボケてはいます。しかし、年末年始の休暇中のワタシだって、その日が何曜日なのか思い出せなかったので。
それよりも感じたのは肉体的な衰えです。ワタシと嫁と娘のお茶をいれるだけでも15分ぐらいかかりそうで、2メートルの横移動にも7分かかる。ご飯食べるのなんてひと仕事というかたいへんな苦行で、自分の食器を台所の流しに持って行くのに24分ぐらいかかってました。そのあとは疲れ果てて横になりながら、ぜぇぜぇ言ってます。生きることは戦いです。自分との戦いです。まったくです。
夜になっても雪は止む気配がない。帰ってしまった嫁さんと娘が、明日の朝また迎えに来てくれるかどうか危ぶみながら、30分ごとに同じ愚痴ばかり言うおふくろを尻目に早寝しました。雪が降る夜の田舎はほんとうに静かです。子どもの頃、同じような夜に一人で外に出てみたことがあります。出てみると外には誰もいませんでした。ただ街灯が向こうまでつづいて、雪が静かに降っているだけでした。
朝の寒さはまた格別です。寝具はふとんといわず、毛布といわず、寝巻きやタオルケット、コタツふとんからバスタオルまでかけて寝ているので、まるで寒さから身を守るための防具のようにずっしりと重い。その防具のような寝具に挟まれたままぼんやりとしていると、鼻までずりあげた古ぼけたタオルケットが目に入る。そのタオルケットに視線を合わせると、あらら、なんだか丘のように見えます。そうそう、子どもの頃は日曜の朝とか、ふとんの中でこんなことをやっていた。タオルケットの丘はうねりながら向こうまでつづいていて、視点だけになったワタシはその丘を上り下りしながら向こうまで歩いて行きます。その向こうに見えるのは、障子に描かれた巨大な水墨画。しばしミクロの世界の住人になって、タオルケットの丘をうろうろふらふらと行ったり来たりしてみました。うふふ、あはは。
雪はうんざりするほど積もり、止む気配もない。これでは嫁さんも迎えに来れないので新幹線で帰ることにし、なにか言い足りなさそうにしているおふくろを残したまま、兄貴に最寄りの古川駅まで送ってもらう。その途中でまた地吹雪を見かけました。これがまた1メートル先さえ見えなくなるような見事な地吹雪で、案の定、また路肩に乗り捨てたクルマがある、しかも2台。お陰で片側車線は塞がれてしまって完全に渋滞に。このクルマの持ち主はいったいどこに行ったんだってぇの。
なんとか古川駅にたどり着くと、ビルの4階あたりに相当するホームにまで雪が吹き上げていました。これから東京方面に帰るんだろうとおぼしきおねえちゃんが、雪の積もったホームでキャリー付きのバッグをズリズリと引きずって行く。まるでバッグで雪かきしてるようです。そのおねえちゃんの顔を見たら、呪ってる呪ってる自分のふるさとを呪ってる、なんでこんなにメチャ寒いのよぉ、てかぁ、雪ウザイしぃ、みたいな。わかるわかる、キミの気持ちは。でも、キミは見たことがないか。雪の降る夜にたった一人で外に出てみたことはないかい。
新幹線に乗って仙台まで15分。窓から見えていたうんざりするぐらいの雪は、仙台に近づくほどにあっけなく消えて行ってしまうのでした。
