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#28 馬を喰う

28.JPG馬を喰って来ました。と言うと、まるまる一頭食べたみたいですが。店の中にパドックのようなものがあって、次々に現れる馬を見ながら、何番の馬を食べるか選ぶとか、食べたい部位にチョークで丸をつけるとか、そういう豪快なことはなく、あっさりとしたさくら鍋でした。おいしいです。牛とか豚とちがって、あまり脂肪もないのでヘルシーです。馬の側から言えば「ひとを食っておいてヘルシーってことはないだろう」ってなもんですが、ワタシだったら、腿のところを食われても「いがらしさんの腿肉ってすんごいヘルシーですね」と言われれば、ちょっとはうれしいってもんでしょう。

最近、嫁さんが馬好きで、きっかけは乗馬に通い出してからです。「今日は足を踏まれた」とか「今日は肩を噛まれた」とか「今日は頭から馬糞を浴びた」とか、いちいちうれしそうに報告してくる。その挙句「馬ってかわいいよ」とか「種を超えた恋だよ」とかエトセトラエトセトラ。なので、馬を食べることになってからもしばらく黙っていたのですが、特に嫌味を言われることもなく杞憂でした。もっとも「おいしかったから」とか言って、今度誘ってみるつもりはありませんが。

馬というと、子どもの頃は近所に馬喰(ばくろう)がいました。カポカポとふつうに人が跨って通り、馬糞もふつうに路上にこんもり落ちていた。あの馬糞、誰が片づけてたのかなぁ。

その馬喰の家に同級生がいたのですが、彼の家へ行くには、馬や牛のいる畜舎を通って裏に抜けなければならない。子どもにとって、両脇からヌッと頭を出しているいくつもの馬と牛の間を通るのは勇気がいります。畜舎の中は薄暗く、向こうの出口からの光で逆光になり、馬の首と牛の首がそれぞれシルエットになっていて、吐く息も大きく真っ白でした。これはちょっと通れまへん。実はその馬喰は今もやっています。ワタシの同級生があとを継ぎました。

町外れの工場に勤めていたワタシは、そのうち中途半端な労働争議の首謀者にされたこともあって、結局辞めてしまいます。次に勤めたのが町の印刷屋でした。そこは一応、チラシだのポスターだのもやっていたので、ただの工員よりは自分に向いていると思ったんでしょうね。

そこに勤めた初日に一番最初に話しかけてくれたのがOさんでした。Oさんはワタシよりひとつ年上、6人兄弟の末っ子で、ニコニコというか、温厚というか、不機嫌な時でもどこか口元が笑っているような人です。他に知り合いもいなかったので、よく遊びに行き、麻雀を覚えたのもOさんの家で、以来、土曜の夜はサタデーナイト・マージャンが我々の定番でした。

Oさんの家には白っぽい雑種の犬が一匹いた。あの頃の犬はやたら吠えるか、暗い犬小屋の奥で死んだように丸くなったいるかのどちらかで、その犬も誰かに構ってもらっている様子もなく、そこかしこに落ちている糞の中で、ただ繋がれ寒々と汚れていました。

それに比べたら、今のペットの身分は夢のようなものでしょう。人間の目から見てもうまそうなものを食べ、服を着せてもらい、散歩にも連れて行ってもらえる。ウチにもネコがいますが、ワタシの目から見ても、食っては寝、遊んでは寝、時々腹が立つぐらいです。

Oさんのところには、みかん箱に金網を張っただけのような鶏小屋もあり、そこで鶏も飼われていた。ある日、麻雀をしに行った時に見たら鶏がいない。Oさんに聞いたところ「タマゴ産まねぐなったのや」とのこと。それで鶏はどうしたのか聞いたところ、自分の手牌に目を落としながら、つまらなさそうに「食ったのや」と言う。そう言うOさんが、なんだかかっこよかったのを覚えています。