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#25 さらば東京

25.jpg「芸術新潮」という雑誌の企画で「日本遺産」というものを選べと言われました。この場合の日本遺産は、目に見えるものならなんでもいいそうなので、いろいろ考えたんですが、なんにも頭に浮かばず自国の文化というものに思いを馳せたことのない性分を思い知らされたりしました。ま、京都に行ったこともないヤツなので。

その時、頭に浮かんだのが東京です。「東京を日本遺産に」というと、あんまり趣味がよくないですかね。ワタシは東京好きなんです。食べ物がおいしいし、映画は全部見られるし、政権交代だって東京だったし、テレビ作ってるのも、映画作ってるのも、本作ってるのも東京だし、ノリピーだって東京でした。

19歳のワタシは、牛乳配達しながら描いた漫画が落選すると、ひとまず牛乳配達生活には結論が出たような気がして、そこをやめて友だちと二人で三鷹に住み始めます。東京大空襲を生き延びたとかいうアパートで、当時で築50年ぐらい、誰が見ても前のめりに傾いてるのがわかりました。住人はまだ廊下に七輪を出して煮たり焼いたりしているという昭和初期状態で、当然、トイレ共同、風呂なし。家賃は7千円ぐらいのものでしたが、ワタシも友だちも「そのうち仕事見つけるから」とか言いつつ一向に働かないので、家賃が5千円でも払えない。実は敷金も礼金も払わず、大家に手付金として1万円出しただけだったので、そのアパートに住んでいる管理人が毎日のように家賃の催促に来る。ワタシはドアをドンドン叩かれるのが今でも大っ嫌いです。

働きもしないで、漫画も描かないで、いったいなにをしていたのかというと、なにもしてませんでした。誰か来ると、飯を食わせてもらったり、現金をおいて行かせたり、なければ質草を出させたり、つまりワタシとその友だちがやっていたのはタカリとセビリで、タカ&セビでした。とにかく片っ端から知り合いに「遊びに来いよ」とか電話する。田舎の友だちには手紙を書いて誘い出す。わざわざ来てくれたそのうちの一人は農家の長男なので、生まれてこの方飢えたことがない。彼は腹が減ると夜中にサメザメ泣き出すのでした。ワタシは腹が減ったあまり泣き出す男を見たのははじめてでした。びっくりしたのでなにか慰めてやろうと思ったが、結局、食う物も飲み物もなにもないので、「おまえを描いてやるから」などと言いつつ、その友だちをモデルにして絵を描いてやりました。まったく夜中にそんなことやってるなんて、こんなものは間違いなく青春です。

その絵はワタシが田舎に帰って、漫画家になって、仙台に出て、結婚して、子どもが生まれて、お互い42歳になり、彼の親父の葬式に出た時に見せてもらいました。絵の中の彼は伏し目がちにうつむいていて、ワタシと彼にしかわからないいい絵でした。

他にはオカネがあればボウリングに行きました。飯も食わずにボウリングする。その農家の友だちが「ご飯食うって言ったべやあぁぁ」と、背後で泣き叫ぶのも構わずボウリングに行きました。管理人が家賃の催促に来る時間帯は部屋にいられなかったので、夜中にノコノコ戻ってきては、腹が減ったのを紛らわすことばかりやっていた。アパートの隣の空き地で相撲をとったりもしました。なんかチクチクするなと思ったので、次の日にその空き地に行ってみたら、細い竹状のものがたくさん生えていて、こんなところで相撲なんかとってよくもまぁ死ななかったものだ、と笑い合ったものです。笑ってる場合じゃないのに。

まったく笑ってる場合じゃなかったのです。そんな暮らしがいつまでもつづくわけないのは、ワタシも同居していた友だちもわかっていたのですが、我々はなにもしなかった。今思えば、お互いそんな東京での暮らしに疲れてしまっていたのでしょう。

そのうち年末になったので、それぞれ田舎に帰って金策に努めて来ようということにしたのですが、餅をたらふく食って、なんの収穫もないまま正月3日に戻って来たら、アパートの部屋から友だちの荷物だけなくなっていたのでした。ワタシはガッカリするというよりも、これで東京にはいられなくなったと思いました。

この前、新聞を読んでいたら、ホテルの窓から見た東京を「まるで墓石が並んでいるようだ」と批評した人がいた。ワタシも東京に泊まるたびにホテルの窓から東京を眺めるのを密かな楽しみにしています。わざわざ窓辺に椅子を出してぼ~っとしながら写メしたりしている。今回の写メは一番最近に撮った東京です。その日は雨が降っていました。

ワタシは芸術だろうが建築だろうが、人の作ったものはそんなに大したことはないと考えているヤツですが、東京のグジャグジャさには圧倒されます。その圧倒され方はグランドキャニオンを見た時のグジャグジャさに似ている。あれは7000万年かけて出来たものだそうですが、今も侵食活動はつづいているとか。東京だって10万年ぐらいかけて今の姿になったと言えるでしょう。そして今も活動はつづいているのです。墓石ではないと思います。