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#21 自由への長い旅

21.jpgちょっと前に、「和幸」の「ひっぴいえんど」というCDを買いました。「和幸」は加藤和彦と坂崎幸之助の、なんつぅか、デュオというか、ユニットというのか、チームなのか、寄り合いなのか、とにかくフォークっぽい、「あの頃の曲をやろうよ」的バンドなんでしょう。その中に、岡林信康の「自由への長い旅」のカバーが入っていて、これにハマってしまった。アレンジがまるっきりボブ・ディランなんですが、毎日毎日こればっかり聞いてます。カラオケ欲しいです。

ワタシの勝手な意見として、もうすでに音楽も映画も小説もマンガも、この世に必要な許容量を超えてしまったというのがあります。iPodはその象徴です。好きな曲が3000も4000もある人はいないでしょう。別にそれでもノープレブレムなんですが、かつて音楽がまだまだ足りない時がありました。これはその頃のお話です、はい。

ワタシは17歳で東京にいました。その頃はシングルレコードを10枚、LPを5枚ぐらいしか持っていなかったと思います。ラジオとギターはまだありましたが、東京だと「地元」だからか、なんだかラジオも聴かなくなるし、住宅事情の問題からギターを弾いて歌うこともあまりなくなっていた。

西武新宿線の武蔵関駅の裏のアパートで、仙台の職業訓練校で同じ意匠図案科だった友だちと暮らしていたのですが、職場も同じ会社だったので、会社の寮として住まわされていたんでしょう。屈折した高校時代から、職業訓練校ではなんだか生まれ変わったような気がしたものですが、東京に来たら、さらに別な人生になったような気がしました。なにしろワタシのことを知っている人間など誰もいないのです。誰も知らないところへ、誰もダサい頃のオレを知らないところへ。これがワタシの自由への長い旅のはじまりだったのですのす。

ダサい自分を捨てることがワタシの自由への長い旅なら、早晩、同居していた同級生を遠ざけるようになるのも当然の成り行きです。東京ではワタシの過去を知っている唯一の人間なのですから。なにしろ職業訓練校時代にはデュオを組んで、文化祭にパーティにと、何度も二人で歌ったりしていました。

それでなくとも男二人の同居というのは長く続くものではないので、我々はそのうち買い置きのラーメンひとつにも反目し合うようになる。おまえはもう3個食ったとか、残り汁にタバコ捨てるなとか。

ワタシはアパートに帰りたくなくて、新宿の映画館とボウリング場に入り浸ることになり、その間、彼はどうしていたのか未だに知りません。そのうち我々は同居を解消しようということになり、それにはこの寮も出て行くことになるので、必然的に会社も辞めるしかない、というちょっとスッキリしすぎる理屈にとりつかれ、二人で池袋の職安に行くことにした。

当時の池袋の職安の入り口には、人買いがたむろしていました。なにしろ我々は17歳で、当時は「金の卵」(死語)と呼ばれていたので、職安に入る前に「なになに、どんな仕事探してるの?」って感じで、2,3人寄ってきます。職安から出て来た後に、また寄って来たオヤジがいて、そのオヤジに目をつけられた17歳のガキどもは、あっと言う間に懐柔されてしまうのでした。いわく、今の給料の倍は出すとか、働きながらデザイン学校にも通わせてやるとか、寮もあるし一人一部屋だよとか。いつのまにか、とりあえず先方の社長に会ってみる、ということになってしまい、何日か後にアパートの近くの料亭のようなところで会ったんですが、社長、とにかく若いし、隣の社長夫人もどう見てもお水関係にしか見えない。最大の問題は、どんな仕事なのか、この期に及んでもわかんないということでした。それで不安になった我々は、今さら断ったらあのオヤジが追いかけてくるだろうから、とにかくこのアパートを逃げよう、というまたまたスッキリしすぎる結論になり、ある日、二人で逃げたのでした。結局逃げるんです、自由への長い旅は。あははは。

その逃げる前、二人で職安に行ったりしてちょっと仲が修復されたあたりの頃、とてもいい天気の日曜日、ワタシと友人はひさびさにギターを持ってデュオしたのでした。なにしろ駅のすぐ裏で、窓の下は西武新宿線です。電車が通ると尋常じゃなくうるさい。我々は電車の轟音に張り合うように、魂のデュオをカマシたのでした。なんだか二人して恥ずかしいぐらいスッキリしたのを覚えています。

「自由への長い旅」にはこんな歌詞があります。


この道がどこを通るのか知らない 知っているのはたどりつくところがあることだけ それがどこになるのか そこでなにがあるのか わからないまま ひとりで別れを告げて旅立つ


ワタシはちょっと前にテレビに出まして、実はその時に東京ロケもあり、37年ぶりに武蔵関のアパートのあった辺りにも行ってみました。昔は菜の花畑さえ広がっていたその近辺には、当然のようにビルやマンションが林立し、ワタシに見覚えがあるものと言うと、駅の裏へと渡る踏み切りからの眺めだけでした。

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〝人生というのは過去にしかないものだと思っています。ものみな過去にあるのです〟
魂の漫画家・いがらしみきおが現代日本に放つ自伝的フォト&エッセイ! 「ぼのねっと」にて独占公開!

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