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#17 書を捨てよ、町を出よう

17.jpg飯島愛ちゃんが亡くなりました。もちろん知り合いとかではなかったし、ファンというほどのものでもなかったんですが、最近はなんだか、みんな誰かをそんな風に亡くしてしまいます。

ワタシの友人も3年前、一人暮らしの果てに亡くなって、死後何日かしてから見つかったんですが、死因は病死とは言われつつも、友人の間ではなんとなくはっきりしないままでした。ワタシは例によって冷たいヤツなので、病死だろうが、自殺だろうが、死んでしまったことに変わりはないと思っていた。そんなに親しくない友人だったかというと、ある時期いつもいっしょに生きていた人間で、ワタシの結婚式でも友人代表として、親族一同に語り継がれるぐらいの顰蹙をくらったスピーチをしています。まぁ、アル中かつ酒乱だったのでしょうがない。自分がやったことを全然覚えていませんでした。

彼とは、中学からのつきあいで、高校は別でしたが、同じ町にあったので、通学の時などは最寄の駅でよく顔を合わせた。ワタシは高校に入ってから、なんとなく荒れ始め、友人たちとも顔を合わせたくなくて、自転車で通うようになるのですが、天気が悪い時などは汽車で通っていた。そういう時は、やはり久しぶりなので、彼や他の友人が「おぅ、おぅ」と寄ってくる。しかし、ワタシは彼らと話しするのも避けていた。というのも、ワタシはその頃、家出を企てていたからです。なんだか重大な密命を帯びている者のように、誰にも気取られてはならないと思っていたので、失語症のように一言も口をききませんでした。そしてある朝、家出を決行したのですのす。

まだ家族が寝ている朝の4時頃に、ナップザック担いで家を出ると、町を一望できる県道の路上で一礼。あとはひたすら仙台目指して歩きました。歩くこと10時間、朝からなにも食わず、一銭も持っていないので、早々と限界が来た。まったくほんとに家出するつもりあったのか、と言うぐらいの無計画さです。

それでたまたま見かけたドライブインにフラフラと入り、「なにか食べさせてください」「ここで働かせてください」などと馬鹿正直に告白し、お店のおじさんの「ほんでは疲れだべ、ご飯食ったら、ちょっとそごで寝でらいん」などと言われ、「世の中いい人ばっかりだなぁ」などと、疲れ果てた体を横たえ熟睡してしまったら、「ちょっとちょっと」と起こす声あり。ムニャムニャと目をこすると、「どうも」ってぇ感じで、おまわりさんが軽く敬礼している。事態を呑み込んだワタシは、おじさんと店員のおばさんの方を見ると、みんなワタシに背を向けていました。「世の中いい人ばっかりではないなぁ」と思いました。あははは。

そのあとはカブのようなバイクの後ろに乗せられて、近くの交番へ。そこで調書をとられながら、ウソついたりして、ジタバタしましたが、結局、ワタシの両親が迎えに来るということになり、またカブの後ろに乗せられて、その町の警察署へ移送された。待つこと数時間。やって来た両親は普段と同じ顔で、おまわりさんに挨拶すると、「おー、クンちゃん」、「なんだ、○○さん」と、お互い知り合いらしい。家出して捕まったのは自分の息子なので、恥ずかしかったでしょうね、オヤジは。いや、すまん。

そのドライブインの前の道路は国道だったんですが、しばらくすると、別なところに新しい国道が出来て、ドライブインはなくなったと聞きました。

今回のタイトルの「書を捨てよ、町を出よう」は、当時有名だった寺山修司の本の題名からとったものなんですが、ほんとうは「書を捨てよ、町へ出よう」が正解です。ワタシは、30歳過ぎまでずうっと誤解していました。「書を捨てよ、町を出よう」だと。

ワタシがつれ戻された後、ようすを見に来てくれた友人が3人いて、彼はそのうちの一人です。その彼が亡くなった。葬式はその友人の住んでいた地元のお寺でやるという。嫁さんのクルマに乗せられて、ワタシの自宅から20分ほどのそのお寺に向かったんですが、曲がるところを間違えたりして、なんだか夫婦険悪な雰囲気に。引き返したりグルグルまわったりしているうちに、ワタシは気がつきました。あぁ、ここはあのドライブインがあったところだと。

前夜のお通夜にも、友人のクルマに乗せられて来ていたので、「この辺だったな」という感じではいましたが、夜だったのと、降りしきる雪で周りがよくわからない。よくわからないまま、その辺で曲がるんだとか言ってたので、道を間違ってしまったというわけです。その日も雪でした。

ワタシの家出から35年たって、いつのまにか、ワタシも友人もドライブインがあったその町から遠くないところに住んでいたのです。

そのドライブインがあったと思しきところには、別なドライブインが出来ていました。写真はそのドライブインの前で撮ったものです。この日も雪でした。ワタシはこの道の向こうから歩いて来たのです。

#16 定点観測

16.jpg不況ですね。漫画家も儲かりません。ワタシも転職を考えたことがあります。

なにをやるのかというと、「味噌汁屋」です。味噌汁はおいしいし、ヘルシーでお手軽なので、ビジネス街でやればこりゃ儲かること間違いなし。いろんな種類の味噌汁とおにぎりと漬け物しかないお店。ま、自分が食いたいだけですが。

IT系のビジネスのアイデアもありました。最近いたるところで増えている防犯カメラ、全国の防犯カメラを合計すると何チャンネルあるのか知りませんが、その膨大な映像をネットワークして有料で見せる。日本中の駅前、商店街、街角、路上、そんなのが自宅にいながらに見れたらサイコーっス。ま、自分が見たいだけですが。

やはり警察とか防犯協会とかが許可するとは思えないので、今はさびしく携帯の「ライブ映像道路情報」なんか観たりしてガマンしてます。これは道路情報なので、当然、道路とクルマしか見えないんですが、観測地点がどんどん増えていて、これはこれで楽しめる。どう楽しむのかと言うと「おー、幕張の方は今日は混んでるなー」とか、「日曜だと赤坂のあたりも空いてるねー」とか、「はー、八王子の方は雨だわ」とか、エトセトラです。そして「あー、あのクルマは練馬の方に行くんだな、あのクルマをオレはもう二度と見ることはないんだろうな」とか無駄に感傷的になってみるのもいいと思います。富士山とか観光地の映像も増えているので、ライブ映像ファンは全国に激増中です。ほんとか?

ワタシには自前の定点観測地点がいくつかあります。この連載の第一回目の営林署の屋根の上も、子どもの頃の定点観測地点だったろうし、ワタシの家の風呂場の窓も、今の定点観測地点なんだと思いますが、他にもまだある。それが今回の写メの場所、仙台市内の地下鉄の駅の中から見える風景です。

ワタシはこの駅まで地下鉄に乗って立ち食いそばを食いに来ます。そこでうどんを食い終わると、ちょうど帰りの地下鉄が来るんですが、それを1本スルーして、ホームのベンチに腰掛けてこの風景を見ている。女子高校生が立ち止まってハナをかんだり、歩いて来たおじさんがなにを思ったか、いきなり走り出したり、どこかから逃げて来たと思しき犬が、自分の居場所を確認するため、そこら中の臭いを激しく嗅いでたりします。なんだかみんな勝手に生きている。勝手に生きている人というのは、なんだかマジメそうに見えるし、おかしそうに見えるし、悲しそうに見える。なかなかいいものです。しかし、それを見るには盗み見するしかない。他人の存在を感じたり、誰かに見られているとわかれば、人は勝手に生きてくれないので。

ということは、これは神様の視点でしょう。神様から見たら、人間はみんな、どこかマヌケで、心細そうで、悲しそうで、捨てられた犬のように見えるんじゃないでしょうか。

それを映画にしたのが、ロイ・アンダーソン監督の「散歩する惑星」と「愛おしき隣人」です。この世界にうんざりしたり、人間嫌いになった時に観ることをお薦めします。

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〝人生というのは過去にしかないものだと思っています。ものみな過去にあるのです〟
魂の漫画家・いがらしみきおが現代日本に放つ自伝的フォト&エッセイ! 「ぼのねっと」にて独占公開!