#15 漫画家になりたい
昨日、「漫画家になりたい」という言葉が突然迫って来ました。
ワタシは漫画家です。実家が床屋なので店に漫画雑誌を置いていた。まだテレビもなかった時代のことなので、漫画はたぶんこの世界にあるもので、自分が親近感を持ったはじめてのものだったのでしょう。他のことはよくわかりませんでした。昼とか夜とかご飯とか便所とかオカネとか学校とか、なんでそんなものがあるのかわからないことばかり。
当時は町に映画館が2軒あって、店にそのポスターも貼っていた。ポスターの裏にアトムとか、鉄人28号とかそんなのの似顔絵とか描いていたんだと思います。そしたら誰かに誉められた。誉められるなどということはめったにないことだったので、そこで調子づいて、さらに似せるべく描く。そっくりになるまでいつまでもいつまでも描く、いつまでもいつまでも描いているとだんだんそっくりになる。母ちゃんがご飯だと呼びに来るまで止めない。似せるというかコピーするというのは、そういう悪魔的魅力があります。今だって、いざやり出したらいつまでもいつまでもいつまでも似せていると思います。娘がご飯だと呼びに来るまでやっているでしょう。
しかし、そのままだったらワタシは漫画家になれなかった。その分岐点になったのが、永島慎二先生の漫画でしょう。ワタシは漫画家にはなりたかったけど、漫画家をカッコイイとは思っていなかったのです。これはたぶん漫画家全員のトラウマかも。漫画家は漫画家をカッコイイとは思っていません。実際カッコよくないし。
ワタシは永島先生の漫画をカッコイイと思ったと同時に、永島先生自身もカッコイイと思った。そこからなんつぅか、ほんとに漫画家になりたくなったわけですのす。
漫画家になってから20年たってホッとしていた頃、永島先生が宮城県に来るということをテレビで知りました。ワタシは誰かに会いたいということがない薄情な人間です。しかし、この時、永島先生にだけは会っておかねばならないと思いました。思ったらヒザが震え、ご飯もこぼしました。実物の永島先生に会うということは、ワタシにとって「さぁ、いよいよこの部屋に本物の宇宙人が入って来ます!」というのと同じぐらいのイベントだったわけです。
その時の写真がワタシの仕事場に飾ってあります。下の方に「いがらしみきお漫画家生活二十周年記念」という文字があるのが読めるでしょうか。ワタシのカバンの口がパッカリ空いたままなところに当日の動転を見てとってくださいまし。
それが漫画家になって20年目の時のこと、実は来年は30年になります。今度も誰かに会いに行こうかと思ったら、ワタシにはもう会いたい人がいません。
子どもの頃から「漫画家になりたい」と思って来たんですが、昨日考えたら、漫画家になってからも思いつづけていたような気がします。今でもどこかで思ってるんじゃないでしょうか。「漫画家になりたい」って。
