最終章 本へ
最近打ち合わせの機会が増えて、この前も東京に行きました。打ち合わせの翌日、知り合いが参加しているあいおい古本まつりへ。古本好きなのかと言われると、本は好きだけど、古本好きということはないです。本フェチでもないし、どちらかと言うと本への敬意を欠くような、本を冒涜するようなことばかりしてます。本棚はただ突っ込んであるだけだし、買ってくるとひとまず机の上とか床の上に放り出したまま、しおり紐がないと平気でページの角を折るし、ページをめくる時に指もベロンベロン舐めます。その上、乱読、斜め読み、渡り読み、飛ばし読み、見下し読み。見下し読みというのは、ちょっとおもしろくない、意にそわない展開になると、もう見下して読んでいる。それでもおもしろくないと無情にも強制読了となり、ちょっと結末が気になる場合は、最後の方だけチラ読みしたりする。自分の本がそんな風に読まれたら激怒するくせに、他人の本だと平気でそんな扱いをする。まったく読書好きの風上にも風下にも対岸にもおけないようなヤツです。すみませんすみませんすみません。
ワタシはブッ○オ○が苦手でした。それから100円ショップとUFOキャッチャーも。この三つが隆盛を極めた頃、みんなが無駄遣いしてました。オカネもモノも。いわゆる消費社会絶頂の頃です。はじめてブッ○オ○に入った時はギョッとしました。店の中には商品ではなくて死体が並んでいるようだった。ワタシの知り合いは100円ショップが大っっっ嫌いでしたが。
それで古書というか古本についても偏見ができていたところ、あるきっかけから古本関係の人たちと知り合うことになり、はじめてと言っていいほどはじめての古本屋さんへ。そこには死体ではなくて、たくさんの年寄りがいました。これは理屈ではなく、ほんとにそう感じたものです。
あいおい古本まつりは、佃にある老人グループホーム施設「相生の里」を会場に開かれる古本まつりで、古本屋は年寄りの匂い、と思っていたワタシには、会場が老人施設だったのにはびっくり。これはシンクロニシティか?そんなわけねえだろ!それとも小さな奇跡か?うるせえな!などと一人漫才しながら、おっかなびっくり入って行くと、知り合いが誰もいないので、ひとまず本を見ながら建物をウロウロ。
古本というのは不思議です。こんな本もある、あんな本もある、そんな本まである、という世界で、この世にもう新しい本なんかいらないのでは、とさえ思います。それはふつうの本屋に行った時にも感じることです。その店の中にある膨大な本のことを考えると、グラグラとめまいがするぐらいで、ワタシの人生さえ左右した本が、何度目かの文庫本になり、売れ残るまま、書棚の下の下、端の端にひっそりとしている様を見ると愕然とします。ワタシがなにをどう描いても、その本以上のことなんか描けないというのに。ましてや、絶版となってしまった本のことまで思い浮かべると、人類はじまって以来、地球上に存在したすべての人のことに思いを馳せるのに等しいでしょう。
図式としてはこうです。人間→言葉→物語→本→いろんなもの。これが人の世の流れじゃないでしょうか。「本」はいらない、人間→言葉→物語→いろんなものだとする人もいるでしょうが、それでもいいです。問題は物語なので。では物語とはなんなのかというと、震災と津波で家族とあらゆるものを破壊されてしまった人が、もう土台しかなくなった自分の店に行ってみると、誰かが瓦礫の中から拾ってくれた商売道具が置いてあった。それを見てその人は「ここでまた店をやれってことだと思ってー」と気持ちを決める。これが物語です。なにもなくなってしまった自分の店の前に商売道具だけがポツンとおいてあった、それを見た時、その人の中にあった物語が起動したのです。その物語はその人の中にいつか埋め込まれていたものでしょう。たぶん本によって。または本から作られたものによって。
物語は人の行くべき道を示したり、苦しみや悲しみももたらす。家族を失くした悲しみ、それも物語でしょう。その悲しみを救うのもたぶん物語です。そしてほとんどの物語は本に書かれてあるのです。まったく本とは年寄りのようなもの。古本の世界では、本がまるでオカネのように流通されています。この場合の「オカネのように」というのは、「まるでオカネのようにたいせつに」という意味です。なんだかこれからの世界をさえ暗示しているようではありませんか。ワタシももっと本をたいせつにしなければ。すみませんすみませんすみません。
この「相生の里」の建物を抜けると、すぐ裏を大きな川が走っていました。最初は隅田川だろうと思っていたのですが、なんでも運河だそうで、海の匂いのする運河はワタシを癒してくれました。そしてそれはこの夏最後の水の記憶になりました。
え~、この「ものみな過去にありて」、長い間読んでいただきありがとうございます。ワタシの「過去」について書いて来ましたが、そろそろ書ける過去がなくなって来ました。よって今回を最後にさせていただきます。まったく勝手にはじめて勝手にやめてしまうわけですが、またなにか勝手にはじめたいと思っています。
