ぼのぼのゾンビ

あせちるさん | 2006/07/22
こんばんは。
学生なのに奥様~と呼ばれてしまい、担当者日記が更新される度に5cm程汗を飛ばし
ているかもしれないあせちるです。(笑)
朝日の夕刊、早速チェックしてしまいました。

>描くのが辛い時期は12巻ぐらいで過ぎた。今はランナーズ・ハイなので死ぬまで続けてもいいなあと言う感じ。

本当にこれが「死ぬまで書き続ける宣言」ならば、単行本1巻の対談に書かれていた最終巻(+その一つ前の巻)でぼのぼのの両親の過去が明かされるかもしれないというお話は撤回される可能性が高いという事でしょうか?

 ──以下、深読み──
コミック12巻までの辛さとは芸術家や詩人が感じるような‘生みの苦しみ’でしょう。
その生き方はまるで不条理を受け入れながら「余計なもの」の中に血まみれの姿で生きるスナドリネコさんのようであったのではないでしょうか。(スナさんの場合はそれでも平気な顔をしているのですが……。)

そういった作家はその苦しみそのものを生き甲斐とする訳ですが先生は苦悩の末に「きまへら」に生きる方を、唯の人間として「別な方法で楽に生きる」方を選びました。
それは本人も認めている通り、いがらし先生自身がぼのぼのから「癒し」を受けたからでしょう。
つまり、作家としてのプライドが邪魔して出来なかった「楽に生きる」という事をスナドリネコさんやシマリスくんに逆に教わってしまったというわけですよね?
文庫版の対談にあった
>ぼのぼのは元祖癒し系 (文庫版対談より)
という発言の裏にはそのような意味が隠れていたとは考えられないでしょうか。

今、思えば12巻の大爆発は人のために自らの魂を削り続けなければならないその生き方から脱出するために(意図せずして)見せた先生の本来の姿だったのかもしれません。
>日課として描いている (文庫版対談より)
これがそれから現在に続いている、唯の人間の生き方を保ったまま制作してゆく唯一の方法だったのではないでしょうか。

ここからは完全に私の深読みの泥沼に入ってしまうのですが、プライドを捨てたとはいえ、作家である以上やはり以前とは異なる「生みの苦しみ」は幾らかあるように感じられました。
「ツワイオのこと」を描いたときの
>(前略)…最初はなかなか話がまとまらなくって
というのは(明確な自覚はお持ちでないようですが)「知らないから恐い」を乗り越えた先にあった「知っているから苦しい」という苦しみの無限ループですね。
苦手な物事をやってみてその世界に生きてみるのが近道かもしれません。「見るだけ」では抜け出せないだろうなぁ。
今はそもそも抜け出そうとしていないかもしれないので余計なお世話かもしれませんが。(笑)
その他には私の見る限りでははっきりと描かれてはいませんが、楽に生きることそのものやぼのぼのは元祖癒し系であるという固定概念と映画ゾンビ級の残酷な斬り方をする私のような信者(いがらし先生的にはマニア?)が先生を苦しめているかもしれませんね。
私はこれからもいがらし先生に嫌われ続けるよう信者の道を精進していきますので宜しくお願い致します。

長くなりすぎてしまったついでに最後に二つ程質問を書かせて頂きます。無視して下さっても構いません。

1.「ワタシ いがらしみきおの日記」では'93劇場版用の取材を嫌がっていらっしゃったと思うのですが今回の朝日新聞の取材に応じた理由は何だったのでしょうか?

2.不覚にもどの作品だったか忘れてしまったのですが初期の漫画作品の後書きで「オネエ言葉がマイブーム」と書いていらっしゃったと思います。シマリスくんと関係はありますか?
う~ん、いろいろ書くと誤解も生まれるかもしれませんので、
とくに質問等には答えないでおきますね。
「ツワイオのこと」ぜひ読んでください。
キース。
2006/07/24(Mon) 18:41